「ぼくはネスだ。ぼくはここまで来た。ぼくはもうすぐ ぼくはもうすぐ… ぼくはもうすぐ? どうなるのだろうか。な、なんだこれは ぼくの心が文字になっているのだろうか? それとも…」(ネス)
>ネス
PSIという超能力を持った12歳の少年。平和な町「オネット」に突如飛来した隕石を調査する事になった。深夜遅くに騒がしい隣人のポーキー・ミンチと共に出かけた。そこで彼を待ち受けていたものは「スターマン」と名乗る謎の宇宙人とカブトムシに似た未来世界の使者「ブンブーン」だった。ブンブーンからPSIと地球を救う少年がネスだという事実を聞かされたネスは地球を救う為の冒険に出かける事になる。ネス達の住む星を襲う巨悪ギーグを倒す為にネスは3人の仲間を集めて8つの愛の歌のピースを集める旅に出かけた。ネス達を待ち構える敵はドラゴンや騎士のような中世ファンタジーの世界の敵じゃなかった。ギーグの手先となったポーキーやスターマンなどの宇宙人、UMA(未確認生命体)や一部の狂った大人たちだった。
ネスは最終的に8つの歌のピースを集めて3人の仲間と共に肉体を捨ててギーグと直接対決する事になる。しかし、そこに居るギーグは肉体を持った『MOTHER1』のギーグではなく、悪という精神集合体そのものに化けたギーグだった。
ネスのデフォルトネームの由来は北米版ファミリーコンピューターの略語(NES)から来ているらしい。残りの3人のデフォルトネームはおそらくはスタッフが名付けたんだと思う。
『MOTHER1』の主人公のデフォルトネームだけはよく分かっていないが、「ニンテン」などと呼ばれている。当時出版された小説の主人公名は「ケン」だった。
>MOTHERシリーズ
重里/APE/任天堂の3社にあります。HAL研究所はゲーム開発を行った会社だけであり、明確な著作権所有者には入りません。
『MOTHER』の公式グッズは任天堂よりもほぼ日手帳などを手掛ける糸井重里事務所からの発信の方が多い気はします。
いわゆるセカンドパーティが作ったゲームです。販売元と著作権管理は任天堂帰属ですが、開発や著作権そのものは任天堂に協力開発している会社が行っているというものです。『MOTHER』シリーズの原作は『星のカービィ』や『大乱闘! スマッシュブラザーズ』の開発元で有名なHAL研究所が開発を行いました。
しかし、amiiboの著作権表記にHALの名前は入ってなかったので、キャラクターや世界観、シナリオなどはHALが著作権を所持してる訳じゃないのかもしれません。多分、受託開発だったんだと思う。
『MOTHER』シリーズは文化人でC級コピーライターで有名な糸井重里氏がシナリオと世界観とキャラクターの性格を担当しました。APE社はゲームに限らず、様々な創作物を展開する出版社的な立ち位置で立ち上げられたようです。しかし、ゲーム開発力が無かったので、『MOTHER1』の時には任天堂に開発を委託する形で販売するに至ったらしい。『MOTHER2』以降はHAL研究所が開発を担当して、任天堂が販売を担当する形に移行していきました。『MOTHER2』の段階ではAPE社の業種が出版物という風に確定したからだと思う。元々、APE社には何人かゲームクリエイターが居たそうですが、その人達は任天堂やゲームフリークなどの会社で再雇用される形でバラバラになって、会社自体は消滅したような感じになったらしい。
NHKの『みんなの歌』や小学館のポケモン絵本などの販売を続けているスタッフも居ますが、殆どはクリーチャーズの人間だったと思います。
分かり易く言うと、糸井さんが立ち上げたAPE社は現在はクリーチャーズという社名に変更されて活動してる感じですね。元々、ゲーム開発には向いていない会社だったので、『MOTHER2』時点で解散になったらしい。
クリーチャーズは2019年の『ポケモン剣盾』に入ってからは社名クレジットが削除されているので、株式会社ポケモンやゲームフリークと何らかの関係が生まれたのかもしれません。
>ポケモンとMOTHERシリーズの関係
ポケモンは無かった」そうです。ポケモンというゲームは元々は携帯機でも『MOTHER』が出来る事をコンセプトに開発していたらしい。攻略本などでも田尻智さんが『MOTHER』からリスペクトを受けた旨を発言しています。MOTHERシリーズとポケモンの関係性は深く、『MOTHER2』開発後は殆どの開発スタッフがポケモン関連の会社へ再就職していきました。現(株)ポケ社長の石原プロデューサーもその一人です。APE社の大半のスタッフは糸井さんが新しく立ち上げた出版社とクリーチャーズという会社に流れていきました。MOTHERから影響を受けた田尻さんはポケモンのゲームの随所に『MOTHER』を思わせる要素を置いて行きました。『MOTHER1』のギーグがミュウツーに影響を与えているという話もありましたが、杉森健さんのTwitterでその説は否定されました。しかし、杉森さんの見解の話なので、田尻さんの心の内はどういったものかは不明です。
『MOTHER2』の開発プログラマーだった岩田社長は計画が難航していた『MOTHER2』のプログラムデータを0からやり直す提案を出して、発売日までにほぼ一人で『MOTHER2』の再開発を行ったという伝説があるらしいです。
当時のファミコンやスーパーファミコン、ゲームボーイの殆どのゲームソフトは機械語(マシン語)に近いアセンブリ言語でコードが書かれていたそうですが、岩田さんは書籍や資料なしで脳内でアセンブリ言語をC言語に変換してC言語でコードを書き直したという話が任天堂のブログのインタビュー記事に残っていました。
また当時はeメールシステムが提供されていなかったので、岩田さんが社内用のeメールプログラムを作り上げて、社内の人とのコミュニケーションや報連相の時間短縮を行ったなどの話も残されていました。
アセンブリ言語についてはCOBOL以上に現代で使用されている事はほぼないプログラミング言語です。
現在のビデオゲームは3DゲームがUnityと呼ばれる開発エンジンとC#というプログラミング言語などで書かれているそうです。
ソーシャルゲームのアプリやインディーゲームなどは2Dに近いグラフィックの場合はJavaやPythonなどが多いそうです。
有名なゲームの『マインクラフト』はJavaでコードが書かれているそうです。
ちなみに『ポケモン赤緑』の開発言語はアセンブリ言語だそうです。
あと、ポケモンの制作スタッフがポケモンと言うゲームを持ち込んだ時は『MOTHER2』の開発段階だったそうで、その時に石原さんと宮本さんに審査して貰って、開発許可が下りたらしい。その縁で石原さんは『MOTHER2』のディレクターから左遷された後に『ポケモン』のプロデューサーになる経緯に至ったそうです。
ポケモンの開発段階の世界観思考は既に『ウルトラセブン』と『MOTHER1』と『スタンドバイミー』を掛け合わせた現代風のRPGっていうシミュレーションが出来ていたそうで、1990年段階にはポケモンの企画書と制作思想は田尻さんの頭の中にあったらしいです。
>糸井重里氏について
20代や10代には馴染みが薄い人ですが、1980年代や1990年代当時は超売れっ子だったコピーライターです。子供の頃はタレントにしか見えませんでしたが、本業は出版社の編集長かつコピーライターというもの。学歴は法政大学の中退でその後に土木作業員のアルバイトをやりながら出版事務所のアシスタントを経由して創作物関連の会社を立ち上げたそうです。メディアへの露出度が比較的高いのはコピーライターという職業柄によるものでしょうね。自身をC級ライターと言って謙遜してますが、実際の世間とネットの評価は天才コピーライターです。この人の印象が強いのは何と言ってもスタジオジブリ作品へのキャッチコピーだと思う。『となりのトトロ』のお父さん役でも有名ですしね。交友関係はかなり多く、MOTHERシリーズ経由で岩田社長ともかなり仲が良いです。海外旅行が趣味の為か、海外からのファンも数多いです。
まぁ、今はセミリタイアして手帳の事務所を経営する人みたいな感じになってるけど、昔は色々凄かった人です。色々な大企業のCMのキャッチコピーのフレーズを編み出してきましたしね。
90年代初頭には『ギミア・ブレイク』で徳川埋蔵金を掘り出そうとポケットマネーを使って穴を掘りまくってましたしね。
私にとっての糸井さんのイメージは穴掘りおじさんのイメージですわ。埋蔵金のイメージが一番強いね。
勿論、MOTHERや出版物における文章制作スキルもハイスペックで作家並に語彙力に溢れたユーモアセンスのある面白いおじさんなんだけど、俺にとっての糸井さんのイメージは穴掘りおじさんですね。
>MOTHERについて
ファンの著名人が多いゲームですが、売上数は当時は50万本にも満たないそうな。マニアックなファンが多くて、ファンサイトの内容やファンアートなんかも濃いんですが、これは糸井さんの著作物だからっていう心理も大きいんだろうなって思う。MOTHERシリーズをプレイすると分かるんですが、このゲームって世界観だとか人間関係だとか文章に感動するゲームなんですよね。分かり易く言うと、小説みたいなゲームだと思う。だから、売上数に対してファンの母数が多いんだろうなって思う。ゲームジャンルはRPGなんですが、RPGを活かした演出だとか芸の細かさとかがあって古き良きJRPGって感じですね。ゲームが嫌いな人も小説や活字が元々好きならオススメ出来るゲームだと思う。
あと、ポケモンのプロトタイプとか言われてるけど、ポケモンとは別物のRPGだと思う。エスパータイプのポケモンとかは「MOTHER」が元ネタなんだろうけど、言うほど似てませんしね。
MOTHERは活字や演出、伏線に感動するけど、ポケモンは収集と育成と対戦が醍醐味って感じですね。
まぁ、ポケモンが「MOTHER」をオマージュした部分って世界観だとかシステムだとかアイテム辺りだろうな。
>『MOTHER2』と私
『MOTHER2』を初めて知ったのはキムタクのTVCMだった。ネスの姿や名前を知る事になったのは『スーパードンキーコング2』の攻略本の末尾帯で紹介されていた別のゲームの攻略本を紹介しているページから。ネスを本格的に知る事になり始めたのは1999年の『スマッシュブラザース64』からになる。
実際に『MOTHER2』をプレイしはじめたのが3DSのバーチャルコンソールからで、それまではプレイした思い出や記憶がない。実際にプレイしたのは成人後、働き始めてからになる。
糸井重里氏自体はジブリのキャッチコピーや徳川埋蔵金のテレビ企画などで幼少期から知っていたけど、ゲームソフトのシナリオや世界観などまで手掛けている事を実際に知ったのは2000年代ぐらいからだった。
プレイした感想としては、活字文化やガチ文系の人、児童文学やファンタジーやメルヘンなどが好きな人は好きになる作品だとは思う。
個人的な意見としては過大評価の大きいシリーズだとは思うが、『ポケモン』を生み出すきっかけの一つになっているから、ゲーム史においては間違いなく重要なゲームシリーズの一つだろう、とは思う。
『MOTHER1』の時点で現代アメリカを舞台にしたRPGは珍しかったけど、ゲームシステムや戦闘は『ウィザードリィ』や『ドラクエ』を参考にしているから新鮮味はそれほどないとは思った。
戦闘描写が『ドラクエ』に似ている理由は糸井氏が元々『ドラクエ』のようなRPGを任天堂のゲームで作りたかったから、らしい。
登場人物の台詞回しや精神世界(マジカント)などの表現は好きな人は好きになるとは思う。
他の創作物で言うと、さくらももこ作品とかのシュールギャグが好きな人は好きになるゲームだと思う。
このゲームの影響で『UNDERTALE』や『ゆめにっき』『MOON』『ポケモン』『リサ』などが誕生したと聞くが、確かに世界観は独特だと思う。
今までのRPGの敵は大抵は殺す場合が多くて倒した敵は二度と出現しない事が多かったが、このゲームの敵は改心したり気絶して終わる事が多い。
このゲーム以降のRPGは敵が死ぬという表現や描写は極力抑えられるようになっていた気もする。
まぁ、アトラスの『女神転生』も敵が死ぬどころか仲間になる事が多かったから、1980年代当時から敵をただ殺すRPGしか存在しなかった事はないとは思うが、『MOTHER2』以降は敵を極力殺さない事に努めるRPGも増えた気もする。
『FF7』発売以前に精神世界を物語の途中に描写したRPGは当時としては珍しかったんじゃないかな、と思う。
マジカントやギーグについては子供の頃にインフルエンザや風邪でうなされている時に見る夢の表現に似ている感じもする。
感受性の強い人はそれらのシーンに色々共感するとは思う。
ポーキーについては同情する人と自分自身を重ね合わせる人と殺意と敵意を抱く人の3通りの解釈に分かれるそうだが、自分は自分自身を重ね合わせる人のタイプだった。
このポーキーの性格とマジカントに出てくる喋る花を組み合わせたキャラクターが『UNDERTALE』のフラウィーになる。
『MOTHER2』や『UNDERTALE』の影響で私はJavaでインディーゲームのスマホアプリを開発しようと大人になってから試行錯誤しているが、これがかなり難しい。
今の時代はプログラムもシナリオも音楽もキャラクターも台詞回しも全て一人で作ろうと思えば作れるが、いつの時代にも人には適材適所があるんだとは思う。
『UNDERTALE』をほぼ一人で手掛けたToby Fox氏については正直化け物だとは思っている。
『MOTHER1』の時点で超能力(PSI)やUMA、宇宙人、オーパーツなどのオカルト要素を織り込んでいた訳だが、当時としてはかなり斬新だったんじゃないかな、とは思う。
当時のRPGは魔法が超能力の役割になっていてそれが当たり前だったんだけど、『MOTHER』シリーズでは超能力が魔法の扱いになっている。
超能力を魔法と同じ扱いにする発想は普通では中々思いつかないとは思った。
当時のゲームは大体は中世ファンタジーとかメルヘンとか妖怪なんかが多くて現代で流行っている都市伝説とかUMAとか宇宙人をRPGやゲームに取り込む作品はあまりなかった。
ポケモンのエスパータイプとか技回数のPPもおそらくは『MOTHER』がなければなかったとは思う。
現代で超能力というと、普通はテレパシーやテレポート、幽体離脱なんかのイメージしかない訳で、人体から炎や氷や流星群などを放出させるイメージはこのゲームシリーズが出てくるまでなかった。
あと、このゲームシリーズのテレポートは距離を必要とする移動だが、これは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のデロリアンのタイムスリップ方式をオマージュした方法になっているらしい。
このゲームシリーズでは懐かしいハリウッド映画や洋楽のオマージュやパロディも多い。
著作権などが緩かった時代に出来た事でもあるんだろう、とも思う。
ゲームは1993年以内に発売する予定だったらしいが、開発が難航して半年遅れになったらしい。
ゲームが完成した裏話については他のトピックで語ったとおりである。
ゲーム内にもある『MOTHER3』の開発宣伝が1990年代に達成する事はなく、続編の『MOTHER3』も開発が難航して2006年のGBAの発売になった。
しかも、シナリオの大半を削減しての発売なので、未完成品とも言えるのかもしれない。
『MOTHER3』はニンテンドー64で1998年頃に発売する予定だったとかいう話も聞くし、TVCMも見た気がするが、64版が発売される事はなかった。
64は3Dなので、GBA版は0からプログラムを作り直している事になる。
おそらく『MOTHER3』は岩田さんが任天堂の社長に就任していなければ発売さえもしなかったとは思う。
『MOTHER3』はシリーズファンからの批判が多いが、私は鬱な物語が大好きだったので、割と好きだった。
『MOTHER』シリーズは物語の内容が割と暗くて湿っぽいので、『1』や『2』が明るくて健全なのか? と言うと、割とそうでもない。
『MOTHER3』があまり好まれない理由としては、アンドーナツ博士の性格改変とかポーキーの変化とか生命倫理のタブーを冒したこととか死者が多いことだとか、大体はそういう感じだと思う。
64版はGBA版よりも更に内容がハードで暗くなる予定だったらしいので、当時の糸井さんの心境も穏やかではなかったのだろう。
ただ、『MOTHER3』の元ネタというか、下敷き作品は『悪童物語』とかいう古い小説? 児童文学? が下敷きになっているそうなので、その内容自体が元々暗いのかもしれない。
『ファイナルファンタジー6』と同じく群像劇になっているので、明確な主人公が居ない。だが、1章と後半の章のプレイヤーキャラがリュカ(『MOTHER3』の主人公のデフォルトネーム)になるので、彼が作品の代表的なキャラクターなんだろう、とは思う。
『MOTHER3』にネスやその仲間が登場する事はないが、64版ではそのネスさえも死ぬ予定だったらしいから、64版が世に出ていない方が良かったのかもしれない。
『MOTHER3』ではアンドーナツ博士やポーキーが出てくるが、『MOTHER2』でのキャラクターの性格が違い過ぎて性格改変やキャラ崩壊などと言う人も居るらしい。
しかも、それらのキャラクターが物語の根幹に関わっている訳だから、批判者も割と多いのだろう、とは思う。
株を間違いなく大きく下げたのはポーキーだとは思う。悪役としての魅力度や人気は『MOTHER3』で上がったとも言える。
結局、ポーキーを『MOTHER3』で救う事は出来なかったが、このキャラクターに影響されて生み出された後世のゲームのキャラクターは作品内で救済されている事が多い。
ポーキーやギーグについては今までの任天堂の作品にはなかった珍しいタイプの悪役とも思った。
任天堂の作品の悪役はどちらかと言うと、勧善懲悪の完全な悪役と物語当初から定義されているキャラクターばかりだったのだが、ポーキーやギーグは悪役になってしまった過程や設定があり、複雑な背景がある。
『MOTHER』シリーズは子供向けに作られたゲームだが、キャラクター一人一人に複雑な背景や凝った設定などがある事から大人になってからもファンになる人が多いんだろうし、大人になってからプレイする人も多いのだろう、とは思う。
他の創作物で言うと、「ガンダム」シリーズやアメコミ作品の悪役などに近いと言える。
悪なんだけど、悪を生み出した原因が社会や世界、家庭にあると言ったタイプの悪役でプレイヤーの同情を誘うタイプだった。
他のゲームで言うと、『ファイナルファンタジー6』以降の悪役とか最近の『ポケモン』とか『ペルソナ』とか『メタルギア』シリーズみたいな感じだと思う。
グラフィックやテキスト描写が技術の進歩で工夫出来るようになった事もあるんだろうし、大人がプレイする時代になった背景もあるんだろうけど、『MOTHER』シリーズは任天堂の作品では珍しく勧善懲悪で終わらないタイプの悪役が出てくるゲームだとは感じた。
プレイしていて斬新だと感じた事はななめ移動が出来ることだろうか。『MOTHER1』の時点でななめ移動が可能だった訳だが、当時としてはこういう移動が行えるRPGは珍しく、技術的にも恐ろしく難しいんじゃないか、とは思った。
『MOTHER2』をプレイしていて感じた事は現代でプレイしていても大して目が疲れない発色の仕方とかドット絵の美麗さとかキャラクターの見易さだと思う。
1994年時点で目が疲れ難いドット絵とかが入っているゲームも当時としては珍しかったんじゃないかな、とか思う。
欠点を言うとすれば、アイテム管理のし難さとかアイテムを複数購入出来ないことだとかセーブポイントが町や一部のダンジョンにしか存在しないこととかだと思う。
あとはアイテムの種類が多い割には無駄なアイテムやフラグを立てなければ使えないアイテムが多い事もこのゲームでストレスが溜まるポイントだろうな、とは思った。
任天堂のゲームはライトユーザーや子供にも配慮した親切な設計のゲームが多いのだが、このゲームのアイテム関係やフラグとかは攻略本や攻略サイトや動画などを確認しなければ理解出来ないことが多いので、攻略本や攻略サイトは必須だとは思う。
初代ポケモンとポケモン金銀も『MOTHER』をベースにしたせいかアイテム管理がかなり面倒だったが、『MOTHER2』の場合はアイテムの入出庫が3個と限定されている上に金まで取られるので、ユーザーには色々不親切だとは思った。
アイテム管理と言えば、『ポケモン』もアイテム管理はかなり面倒だった。
アイテム管理がようやく楽になったのは『ルビー・サファイア』からになる。
あとはテキストボックスだろうか。黒背景に白文字の上にフォントが読み難くて字が小さいので、文字を読む時は読み難いし目が疲れ易い。
あとはキャラクター名を入れて台詞を喋らせないからたまに誰が喋っているのか分からない時もあったりはする。
キャラクターの動きやドット絵は綺麗だが、テキストボックスやテキストの文字は長文の場合は目が疲れ易いし文字が読み辛い。
『ファイナルファンタジー』の『4』とか『5』とかファミコン版もかなり読み難かったので、当時のスーパーファミコンのスペックや容量の限界なのかもしれない。
しかも、文章は糸井節なので、それが長文で句読点などが少ない場合は初回で理解するのに時間がかかる場合もあるかもしれない。
『MOTHER2』のリメイクやHDリマスターの希望が多いのは多分、テキストとかアイテム関係辺りだとは思う。
まぁ、昔のゲームに手を加えると色々なバグが発生するから移植で改善が可能になるのはテキストボックスやフォント関係辺りだとは思う。
>ネスが出演する作品
続編の『MOTHER3』では名前と映像だけはキャラクターの会話や劇中劇で描かれているが、本人は登場しない。続編と前編は『MOTHER2』とは別の世界での物語になっている。しかし、『MOTHER3』は『MOTHER2』に出てきたポーキーとアン・ドーナッツ博士が出演するので、『MOTHER2』の要素は『3』にも様々な場所で出てくる。
>関係者・関係会社各位
・任天堂・・・・・・・・・・販売元(ファーストパーティ)
・APE・・・・・・・・・・・企画元(糸井重里と任天堂が出資した会社。『MOTHER2』開発後に解散して株式会社クリーチャーズとなる)
・HAL研究所・・・・・・・・開発元(プログラムコードや音楽、グラフィックなどは全てこの会社の担当になっていた。APEはキャラクターデザインや企画・脚本・設定などを担当)
・糸井重里・・・・・・・・・主な製作者。『MOTHER』シリーズの産みの親。脚本や台詞回しは全て彼が考えた。ネスやポーキーの設定の産みの親。
・岩田聡・・・・・・・・・・・プログラマ。現任天堂社長。元HAL研究所のプログラマ兼社長。一人で『MOTHER2』のプログラムコードを0からやり直した実績を持つ。
・石原恒和・・・・・・・・・『MOTHER2』開発当時のディレクター。製作進行の遅延と岩田氏との意見の食い違いからディレクターを降板した。彼は『MOTHER2』のバグやプログラムコードの欠陥を一つずつ修復する案を出していたが、岩田氏に反対されて0から作り直す計画に変更された。責任を取る形でディレクター職を降りるが、後に『ポケモン』シリーズのディレクターに抜擢される。その後、株式会社ポケモンの社長になった。
・山内博・・・・・・・・・・任天堂の元社長。とあるテレビ番組で出演者の多くがテレビゲームを批判している中で糸井のみがテレビゲームを擁護するコメントをした。それが気に入った山内は糸井を任天堂に招いてゲーム製作に協力して貰う形を取る事になった。この交流がきっかけで『MOTHER』シリーズが誕生したという逸話が残る。
>著作権
©糸井重里/APE
©Nintendo
©Deathnicle/Gariusu Marutis
*キャラクターの著作権は糸井重里氏及び運営団体、その運営企業。amiiboの商標権及び『スマブラ』関係の著作権はすべて任天堂が所有・帰属しております。
画像及びテキストなどの著作権に関しては全てガリウス・マルティス及び『デスニクル』にあります。
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